浦原 | ナノ
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▼ 過去編3

「なまえサン、ちょっといいっスか?」

執務室でいつものように書類を捌いていると、ひょっこりと顔を出した浦原隊長に呼ばれて立ち上がる。用件を聞けば、お客さんが来ているからお茶を淹れてほしいとのことだ。別にかまわないけれど、それってわざわざわたしじゃなくてもいいのでは。

「この間淹れてもらった時、すごく美味しかったんで」

曳舟隊長に教えてもらったことを褒められるのは、素直にうれしい。わかりました、という了承の言葉は、心なしか少し弾んでしまった。隊首室に戻っていった浦原隊長と別れて給湯室でお茶の準備をする。確か美味しいお茶菓子のストックがあったはずだ。棚の中を漁れば、先日ひよ里と、ひよ里の紹介で知り合った八番隊、九番隊の副隊長、リサと白と4人で買いに行った最中がちょうどふたつ残っていた。お茶と最中を盆に乗せて、隊首室の前でみょうじです、と名乗ると、浦原隊長がわざわざ扉を開けて下さった。両手がふさがっているので助かるけれど、お客様がいるのだからそこまでしてくれなくていいのに。浦原隊長について隊首室に入ると、中には二番隊の四楓院夜一隊長がいた。濃紫の髪に、ぱっちりとした金色の猫目。あまり近くで御顔を拝見することはなかったけれど、とても美しいひとだった。そういえば、浦原隊長はもともと二番隊だったのだから、四楓院隊長とは旧知の仲なのだろう。四楓院隊長、浦原隊長の順にお茶と最中を机に置く。

「おぬしがなまえか!喜助から話は聞いておるぞ」

「え!?」

お茶と最中をすべて置き終わったところで快活な声で話しかけられ、びく、と肩が跳ねる。

「ちょっと夜一サン、お茶淹れてもらうだけって約束だったじゃないっスか」

「おぬしが珍しく自慢げに部下の話をするからじゃろう」

庇うようにわたしの前に出てくれた浦原隊長を、不満そうに四楓院隊長が睨む。自慢げにって、一体何の話なのか。浦原隊長が前に出たことによって興味をなくしたらしく、わたしが淹れたお茶一口飲んだ四楓院隊長は、納得したしようにうむ、うまい!とひとりで大きく頷いている。一緒に出した最中もお眼鏡に適ったらしい。四楓院家といえば四大貴族だし、わたしなんかが用意したもので大丈夫だったのかはわからないけれど、少し安心した。

「最中、ボクのはいいんでなまえサンが食べて下さい」

最中の乗せられた皿を浦原隊長がわたしに差し出す。隊長の分だけお茶菓子なしなんて、そんなこと出来るわけがない。しかも、他隊の隊長の前で。

「喜助がよいと言うてるのじゃ。なんならおぬしもここで食べていけ」

困惑しているとさらに困惑する提案が四楓院隊長からブッ込まれる。しかも提案というよりも既に決定事項のように浦原隊長に詰めて座れ、と指示する四楓院隊長を前に、誰が断ることができるというのか。

「スミマセン、なまえサン。夜一サンは言い出したら聞かないんで、ちょっとだけ付き合ってもらえます?」

「なんじゃその言い方は!」

「ハハハ、なんでもないっスよ〜」

わたしの退路が完全に断たれ、諦めて浦原隊長のとなりに腰掛ける。しかし緊張してしまって最中を食べるどころではない。お茶を啜る浦原隊長と四楓院隊長は親しそうに和気あいあいと話を続けている。

「この阿呆が迷惑をかけておるそうじゃのう」

「迷惑なんて、そんな」

「この間なまえサンにお説教されちゃいました」

「せ、説教なんてしてないじゃないですか!」

説教とは、おそらく先日のいちご大福を食べた日のことだろう。ただ隊長に自分の身体を大事にするようにお願いしただけなのだが、やはりやり方が強引だったのだろうか。四楓院隊長は喜助にはそのくらいでちょうどよい、とカラカラと笑っている。だって他にだれも言わないから。どんどん縮こまっていくわたしの肩を、浦原隊長がとんとん、と叩く。そちらに顔を向けると、はい、また半分こしましょ、と今度は綺麗に半分に割られた最中をわたしの口に押し当てた。つい開いてしまった口に半分の最中が放り込まれる。もぐもぐ咀嚼すれば、口の中に広がる甘み。優しい甘さに少し緊張が解れていく。

「本当にいつも美味しそうに食べますねェ」

浦原隊長と四楓院隊長の視線が集まっていることに気づいて、ば、と顔を隠す。餌付けされている場合じゃない。

「わ、わたし、まだ仕事が残ってるので失礼します」

言い残してふたりの返事もそこそこに隊首室を飛び出た。羞恥で赤くなる顔を扇いで冷ましてから執務室に戻ると、涅三席と阿近が何やら怪しい道具で実験していて、周りの隊士が必死に身を避けていた。なんでちょっと離れただけでこんな惨事になるの。舞っている書類を拾って、執務室ではそういうのやめてください、ともう何度めかになるお願いをする。

「フン、私よりも地位が低いクセに指図するんじゃないヨ」

「おっしゃるとおりですけど、通常業務に差し支えることはしないようにと隊長と副隊長から指示されているはずです」

ご自分の研究室へどうぞ、と扉を指差すと、生意気な女だヨ、とぎょろりとした目が近づいてくる。負けじと睨み返していると、すぐに興味が失せたように顔を背けて阿近を引き連れて研究室に戻っていった。ちょっとこの散らばった書類誰が片付けるの。周りの隊士は厄介な人間がいなくなったと、いそいそと自分の仕事に戻り始めている。しょうがないから書類を拾って仕分けしよう。屈んで確認しながら書類を拾い集めていると、パァン、と勢いよく執務室の扉が開けられ、颯爽と現れたひよ里。タイミングの悪さが神掛かっていた。拾い集めていた書類を手放し、こっそり耳を塞ぐ。

「なんっっっやねんこれ!!!!!」

予想と寸分違わずに響いた怒声。当然誰の仕業なのかすぐに察したひよ里がまたマユリかい!と地団駄を踏む。余計に書類が舞い上がってしまっていることに切実に気づいてほしい。どんどん増えていく仕事に思わず遠い目をしてしまう。先程浦原隊長のところで食べた最中で補充したパワーがすでに尽きかけである。

「なんの騒ぎじゃ」

そんな混沌とした執務室にひょい、と顔を出したのは浦原隊長とお話しされていたはずの四楓院隊長だった。後ろにはあちゃー、という顔をした浦原隊長の姿も見える。執務室のあまりの惨状に目を丸くした四楓院隊長を押しのけて、パンパン、と浦原隊長が手を叩いてお片付けしましょ、と他の隊士たちに片づけを促した。

「喜助ェ!あの妖怪白玉団子なんとかしぃ!アンタが拾ってきたんやろ!」

「涅サンにはボクからあとでちゃんと言っておきますから」

ひよ里を宥めている浦原隊長を横目に再び書類を拾い始めると、みょうじ八席がいなかったらどうなっていたことか。ぼそり、と周りのわたしより下位の隊士が呟いた。それをしっかり拾った浦原隊長は、ちょっと落ち着いたひよ里から、書類の確認をしているわたしに視線を移す。

「涅サンに噛みついたんスか?」

「か、噛みついてなんかないですよ!ただ研究室にお帰り願っただけです!」

わたしはただお願いをしただけだ。ひよったら負けだと思って睨み返しはしたけれど。

「なまえサンは意外と気が強いっスよねェ」

「よいことではないか」

「なまえサンが夜一サンみたいになったらどうするんスか」

「どういう意味じゃそれは」

テンポよく話をする浦原隊長と四楓院隊長に、話題の中心にされている身としては消え去りたい気持ちでいっぱいだった。わたしには研究とか、局員のみんながやっていることは全然わからないし、戦闘についてもからっきしだ。だから度々余計なことをするとは思っているけれど、涅三席のことだって尊敬はしているのだ。一応。でも、彼らが研究に没頭するためにも、死神である以上、隊務というのは最低限こなさなければならなくて、それの妨害をすることは研究の時間を削っているのと同義なのではないかと、そう思っている。浦原隊長はただでさえ休憩もまともにとらないほどに隊務や研究に打ち込んでいるのだから、こういう余計な手間を増やすべきではない。ちなみにこの意見も以前涅三席にはお伝えしている。自己管理がまともにできない方が悪いと一蹴されてしまったが。それからは何かあった際には涅三席の書類をわたしが肩代わりしていた分をそのまま涅三席に回したりして報復をしていた。彼の貴重な時間を奪うことは大きな損失であるとはわかっているし、そう怒鳴りつけられもしたけれど、残念ながら彼はうちの隊長ではないし、彼が隊の指針なわけではない。わたしの上官であっても、傍若無人な振る舞いは控えていただかなければ。四楓院隊長は豪快に笑って、見どころのある娘じゃのう、と目を細めた。

「ダメっスよ、夜一サン」

なまえサンはあげられません、と盾になるようにわたしと四楓院隊長の間に身体を滑り込ませたせいで、目の前に広がる白い大きな背中に背負った十二の数字。四楓院隊長は一言もわたしを引き抜こうなんて言っていないのに。

「……じゃあ、浦原隊長も片付けるの手伝ってください」

羽織を少し掴んで引っ張ると、きょとんとした浦原隊長が仕方ないっスねェ、と破顔した。ちなみに、四楓院隊長は、彼女を探しにきた大前田副隊長の気配を察してか、気付けば姿を消していた。逃亡癖があるとのことだが、多重詠唱の鬼道を使用しなければならないほどなのか。浦原隊長がきてからの十二番隊は相当奇天烈であると思っていたのだけれど、まだましなのかもしれない。四楓院隊長を追いかけまわす大前田副隊長を見て、そう思った。


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